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時は流れる


あなたが、どれほど哀しさの中にいようが


病人がどれほどの痛みの中にいようが


朝が来て、工場の機械は動き出す


いつものように




あなたしかいないと言われても


あなたがいなくなれば


あなた以外の優秀な人間がそこに座る


そして、あなたは忘れ去られる




これが私の国


(哀哭)





先日、久しぶりに都会に行って来ました。


 都会は、実に自由で活気があって、


ニコニコしながら歩いていきました。


 少し時間があったので、


近くのデパートに入りました。


 スッと涼しくて、


私から見れば


上品で「都会だなあ」と思いました。


 しかし、


そこで不思議な光景に出会いました。


 最近は、


どこのデパートにも


あまり椅子が置いてないのですが、


そのデパートには、


数は多くありませんが、置いてありました。


 なんと、


その椅子がお年寄りで満席だったのです。


 別に何があるわけではありませんが、


しばらくぶりに都会に来た私は


一瞬立ち止まってしまいました。


 「なんで?」と思ってしまったのです。


 用事を済ませてまた椅子の所に戻ってみると、


先ほどの人たちが、まだ座っていました。


 話をしている様子もないし、


知り合い同士のようでもないし、


好きなように時間を過ごしていました。


 人は基本的に自由でよいのですが、


「この人たちは、昨日もここに居たのだろうか?」


と思ってしまいました。


 でも、本当のところを訊くわけにもいかないので、


そのまま次の用事に向かいました。


 疑問です、質問です。


 「彼らは、昨日もここに居たのでしょうか?」


 こういうデパートの中も、


都会では


【高齢者の居場所】になっているのでしょうか?


 






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